oasismathの日記

家族みんなが大好きな洋楽やX Factor, Gleeの話題、週末の日記、ワインや料理の話、ときどきミュージカルの告知など、雑多なテーマについて書き綴るブログ。

『シンデレラ(サンドリヨン)』の真実

3連休の最終日、台風18号は日本列島の各地に大きな爪あとを残し、我家のベランダにも、朝顔の鉢をなぎ倒すという小さな爪痕を残して北に去って行きました。

 

思い返せばこの3連休、初日からチオコが風邪をひき、2日目の夕方まで外出できず、そして3日目からは台風で外に出られず、まさにシンデレラが屋根裏に閉じ込められたような生活を送っておりました。

 

 

この3日間、子供たちも相当飽きてしまったので、最終日はApple TVを使ってチオコの見たがっていた『シンデレラ』を見ることにしました。

 

改めてちゃんとシンデレラを見ると、やはり色々と疑問が湧きますね。

  1. 突然魔法使いが表れ、シンデレラが完全にドレスアップしてカボチャの馬車で舞踏会に参加できるようになりますが、これは何の喩えなのでしょうか?
  2. シンデレラが落としたガラスの靴、あれは自分を探してもらうためにわざと落としたのでしょうか。
  3. (この疑問は定番ですが)なぜガラスの靴だけは、12時になっても魔法がとけないのでしょうか?
  4. シンデレラの家に大臣がやってきて、姉たちが靴を履けず、シンデレラが履こうとしたときに継母が役人の足をかけてガラスの靴を壊してしまいましたが、シンデレラがもう片方持っていますといってピッタリ→バンザイとなりますが、そもそもシンデレラの足のサイズは何センチだったのでしょうか?

アニメに絡んでも何の意味も無いのですが、原作に遡ると意外と面白い発見があるものです。ここでは以下のサイトで紹介されている原作に戻って、今回の疑問点との関係について述べたいと思います。

 

基本のシンデレラ

 

  • まずシンデレラという名前は、サンドリヨン(灰かぶり)から来ていて、英語読みの発音からシンデレラとなったようです。おそらく「灰」というのは当時下賤を象徴する代名詞だったのでしょう。
  • 次に1つ目の疑問について、ディズニー版シンデレラが裏庭?で泣いていた時に現れた「魔法使い」は、シンデレラの母と関係が深かったようです。『ペロー童話集』では、その時あらわれたのは仙女で”心強い母親代わり”だったそうです。また『グリム童話』ではハトが魔法使いの役を担っていますが、そのハトが「お母さんのお墓の木のところに行って、木を揺すってごらん。」と話しています。この2つの話から、この「魔法使い」は、シンデレラの母の意思を受け継いだ、神の使いという役割を担っているように思います。
  • 次に、シンデレラが靴を落とすシーン、『ペロー童話集』ではディズニーと同様に、12時の鐘に慌てて飛び出したシンデレラが落としたことになり、『グリム童話』では、王子が階段に粘着物を仕掛けてシンデレラを止めるつもりが、靴だけが引っ掛かり、シンデレラは逃げ切ったことになっています。特にグリム童話からはシンデレラが意図的に落としたとは解釈できず、純粋にシンデレラは約束を守るいい子だったようです。ちなみにグリム童話ではガラスの靴ではなく、「金の靴」になっています。
  • 3つ目、なぜガラスの靴だけは魔法が解けないのか、シンデレラ最大謎です。実はこれについてはヒントらしいヒントはありません。そこで、そもそも論を考えてみましょう。私達は、魔法が12時解けるという約束が、文字通り12時に解けてしまうと思っていますが、それは本当に正しいのでしょうか?あなたは子供に片付けさせるときに、「10の内にやりなさい。やらないとオモチャ捨てるからね!!はい10、9、…、にーーー、いーーーーーちーーーーー!」とやるでしょ?これと同じです。あなたは本当にオモチャは捨てませんよね。捨てるという脅しをかけて子供を意図する方向に行動させようとします。思い出して下さい、この魔法を生み出したのは誰ですか?そうです、シンデレラのお母さんの意思です。だからこんな子供だましをして、「シンデレラ、夜中にいつまでも遊んでいるんじゃありません!!早くお家に帰りなさい!!」という意味で12時までに魔法が消えると脅して、そのうちほぼ全ては魔法が解けたのです。一方で、母親のもう一つの大切な望みは、娘が良い旦那さんのお嫁さんになってもらうことです。ましてや王子はその最高峰です。このチャンスを絶対に逃してはいけません。だから母親の強烈な意思は、王子がシンデレラを探してくれる手がかりとなる「ガラスの靴」を何としても実態のある靴の状態として維持したのです。
  • そして4つ目の疑問、なぜガラスの靴は、王国で唯一シンデレラだけが履くことができるのかという問について、もう3つ目の疑問から答えは明らかでしょう。シンデレラの母は、シンデレラの足を他の女子と比べて極端に足が小さいことを天国から見て知っていたのです。これがもっと落としやすいカチューシャやイヤリングだったら誰でも付けられるので意味がありません。おそらく、うっかり屋のシンデレラはこれらも同時に落としていたに違いありません。しかしシンデレラの母親は、シンデレラを唯一識別できるガラスの靴だけをシンデレラが再び履くまで実態として維持させたのでしょう。母の愛は偉大です。(きっとガラスの靴は結婚直後に木の葉か何かに戻っていたことでしょう。)

結局シンデレラとは、死してなお子供の幸せを願う母親の究極の愛を表現した作品だったのではないでしょうか?恐らく魔法を使うのは天国では禁じ手だったのかもしれません。もし使ったら地獄に落ちることになったのかもしれません。それでも娘の不幸を見続けるくらいなら地獄に落ちた方がマシだったのでしょう。

だからこそあのガラスの靴は母親の愛の結晶であり、尊く、そして美しいのではないでしょうか?


ちなみに『シンデレラ‐ガール』とは「無名だったのに、何かのきっかけで一躍有名になった女性。」のことを指すようですが、シンデレラの本当の話を読む限り、裏では母親やその他関係者の文字通り「魔法使い」並の働きが在ったことを忘れてはいけませんね。また一方で、チャンスが与えられても最終的に結果を出すことは本人にしかできないことも、シンデレラのもう一つの大事な真実です。

 

以上、『シンデレラ(サンドリヨン)』の真実に迫ってみましたが、皆さんはどんな解釈をしていますか?