oasismathの日記

家族みんなが大好きな洋楽やX Factor, Gleeの話題、週末の日記、ワインや料理の話、ときどきミュージカルの告知など、雑多なテーマについて書き綴るブログ。

博士課程の方々は「棄民」なのか?-うさみのりや氏の「棄民」発言について-

ブロガーのうさみのりや氏が何とも心をざわつかせるブログを書いています。

 

 

言いたいことは分からないでもないですが、博士課程の人々に向かって

貴方達は国や社会に見捨てられた民、棄民なんです!

 と書かれると、「煽りだろうな〜」を通り越して不快な気分になります。

 

そこで私自身の(やや古い)経験に基づく、博士課程の生態について書いてみたいと思います。

まず、今回の最初のキッカケである大卒と博士卒の進路の違い(大卒と比べて進路に「非正規」、「無業」、「不詳・死亡」の比率が高まる)についてですが、そもそも博士課程に進学する人は大卒や修士卒とは異なる状況にあると考えた方が良いと思います。

大卒や修士卒は一般的なキャリアパスとして通る道ですが、博士課程ともなるとある程度人生においてこの道で生きていこうと覚悟を決めている人が多いように思います。つまり、人生に背水の陣をしき、別のキャリアパスの幅を狭めた結果、卒業後の進路で非正規(ここにポスドクや任期付ポストは入る??)や無業(オーバードクター?)が増える比率が上昇します。

また残念なケースとして、彼等は専門となる領域以外に目を向けることがなくなることがあり、能力の限界、あるいは何らかの絶望を感じて自ら命を断つケースも稀にあるかもしれません。

しかし、これについては音楽や芸術、お笑い芸人やスポーツ選手においても同様のことが言えると思われ、そもそも大卒のような平均的な人たちの進路と比べるのはどうかと私は思います。

 

 

それでは、実際に博士号を取得した後でやっぱり働こうと思った時に、全く就職先が無いのかと言えばそうではないと思います。(少なくともうさみのりや氏の言うような、「自分のメディアを持って、自分の能力を見える化して」なんてことをしないと生き残れないような状況ではないと思います。(私の経験した当時は。))

 

文系と理系の違いで、理系は有利なのかもしれませんが、理系で博士号を取得した人々に対しては、直接研究した専門分野からはやや外れるものの、公的機関や民間の企業において”研究所”なるものが存在し、そこで一定規模の就職先が存在します。それらの企業について、そこまで選り好みをしなければ、博士課程でしっかり研究し、数本の論文を書いていれば、確実に就職先は存在します。

また、国内の一般的な企業への就職は厳しいものの、外資系企業(金融やコンサル、IT関連)の企業は、結構能力主義で採用してくれるので(初任給は学卒や修士卒と同じですが)うまくマッチングすればちゃんと採用してくれます。

 

また博士課程において、しっかりと英文で論文を書き、海外の学会で発表経験があり、ちゃんとしたロジックをもって論文を書くことができるスキルの持ち主は、分野は変わっても着実に成果が出せると私は思っていて、実際に私の知っている人達でもなんちゃって修士卒より、博士卒の方が能力が高いように思います。

 

まあ、私自身のバイアスもあるので楽観的に見ているかもしれませんが、彼が言うような「棄民」というのは、どうもステレオタイプの発言のような気がします。

 

そうは言っても、彼の言うようにアメリカでの博士号取得者に対する対応に較べて、日本は「博士採用は前例が無い」などの理由で門前払いされるというケースが多いのは事実ですが。。。