oasismathの日記

趣味として楽しんでいる料理やワイン、家族がみんな大好きな音楽やダンスの話など、雑多なテーマについて書き綴るブログ。

お月様から見守っていて下さい。

先月、お義父さんが亡くなりました。

 

ブログで何か書こうかと色々と下書きしていたのですが、細かいことを書いてもしかたがないかなと思い筆がすすまずに今日まで来てしまいました。あまり悩んでもしかたがないので、今思う気持ちを書くことで一区切りつけたいと思います。

 

私のサイは一人っ子です。まあその一人っ子を嫁にもらうということはその家族の脈々と続いてきた繋がりを引き継いでいくことを意味すると思っています。生前、お義父さんと話をした中で「よろしくたのむね!」というのがとても心に残っています。バトンとかタスキとかを託された感じでしょうか?

まだ具体的に何かをするという段階ではありませんが、身の引き締まる思いを感じております。どうぞ家族共々、お月様から見守っていて下さい。

 

ところで、こうやって身近な人がいざいなくなってみると、とても不思議な考え方をするようになります。実態としての体は無くなってしまったのですが、みんなんで故人を語り続ける限り、その人はみんなの心の中で生きているような気がします。実際に話しかけることはできないけれど、誕生日のお祝いはできるし、手紙だって書くことができます。もちろん返事はないけれど、心の中で、あるいはみんなでワイワイと、きっとこうやって返事するよねと言っていれば、それがその人の言葉になって生き続けていきます。ご飯だって、食べなくても命が繋がっていく体になったと思えば、まあ新たな人生みたいなもんですかね。

実態はなくても、それぞれの心の中に、それぞれの思い描く故人が分割して生き続ける。自分自身の意志は無くなっても、他の人がその意思を継いで人生を勝手に想像しながらつなげてくれる、そんな不思議なことを考えたりします。

 

そうそう、アチコとチオコがおじいちゃんに宛てて書いてくれた手紙、そして最後の見送りの歌を歌ってくれたので、ここに残しておきたいと思います。

デジタルの世界の中にも、故人の生きた記憶を遺しておくことで、よりながく語り継ぎ、それぞれの心の中にある新たな人生を過ごしてもらいたいと思います。

 

ビリーブ

 

 

<チオコの手紙>

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<アチコの手紙>

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それでは、おやすみなさい。